曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

ありのままに 正しく見る []

愛知 常林寺 住職 菅生泰礼 老師

 人間が正しい生き方を実践するための方法の一つに「正しく見る」と書いて、「正見」というものがあります。これは、ありのままに物事を見ることを意味します。ありのままというと自分の好き勝手にあるがまま見るという風にとらえがちですが、ここで言うありのままはそうではありません。あらゆる先入観を捨てでありのままを見ることを言っています。
 例えば「水」。普段は蛇口をひねれば自由に飲める水ですが、2011年の震災で放射能漏れの報道があったとき、東京都内のスーパー、コンビニから一気に水がなくなりました。状況の変化や心境の変化によって、水の価値が一気に変わったのです。これは価値が「水」の側にあるのではなく、それをとらえる人によって与えられているということですよね。
 他にも、「納豆jが大好きな人もいれば大嫌いな人もいます。良かれと思って電車内でおばあさんに「席を譲った」ら、「私はそんなに年寄りじゃない!」と怒られたりすることもあります。「死ぬこと」は普通辛く悲しい事ですが、戦争があった時代には国の為に死ぬことが名誉なこととされていました。対象となる物事、今挙げたもので言うと、「水」「納豆」「席を譲った」「死ぬこと」はただそうあるだけで、それ自体に意味や価値はありません。それをとらえる人によって意味や価値が与えられるのです。
 物事を一つの方向から見るのではなく、ふと立ち止まってありのままに見てみましょう。苦しいと思い込んでいたことも違ったとらえ方ができ、心が楽になるかもしれません。自分が楽しいと思っていたことも、他人にとっては迷惑なことがあるかもしれません。見つめ直す時間を作ってみましょう。

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