曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

お年玉 [1796 H27年1月5日〜1月11日]

静岡県 西光院 住職 桐畑守昌 老師

 皆様あけましておめでとうございます。また新たなる年始めの月となりました。私自身感じことですが年々と一年、一ヶ月、一週間、一日が短く感じるようになりました。当に光陰矢のごとし、光院虚しく渡ることなかれです。
 さて、お正月といえばお年玉がつきものです。私もお年玉を与える年齢になりましたのでインターネットでいろいろ調べてみました。すると、お年玉の相場、使い道などたくさんの情報をいただきましたが、昔とは違い金額も高額になり使い道もいただいた本人の欲しいもの、言うなれば豊かで物の豊富な現代っ子らしい個人の欲求を満たすものとなってしまいました。
 そもそもお年玉という物は、古来の風習であった年神様にお供えした鏡餅を参拝者に分け与えた神事からきていると言われます。それが時代と共にお正月に金品を年上の者から年下のものに与えるお年玉になったようです。
 私自身も子どもの頃は同じくお年玉が楽しみでしたが、頂いたお年玉は両親にそっくりそのまま行ってしまった記憶があります。しかし社会人になったとき、母親から「今まで頂いたお年玉で高校、大学の学費の足しになったんだよ」といわれ、頂いた皆様のおかげで今の自分があるのだということを実感しました。
 お金だけがお年玉でしょうか?私にはまだ違う方法、意味合いがあると思います。
 お年玉は頂く側だけでなく、与える側にもただ与えるのではなく、それに併せて未来を担う子どもたちのために人生の先達として年の初めに、ご先祖さま両親への感謝、命の大切さ、無事新年を家族そろって迎えることができた喜び、各家庭に伝わる教えやお年玉のたとえわずかでも何かしらに施しをするという喜捨という仏さまの教えをお年玉として与えて頂きたく思います。

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