曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

おかげさま []

静岡 常雲寺 副住職 中村博隆 師

12月であります。平成 最後の師走≠ニなりました。寒さも本格的となり、街も歳末に向けて慌ただしくなってきました。

さて、先日、友人のお寺の掲示板に詩人の『上所重助(かみところ しげすけ)』さんの
『おかげさま』という詩が掲示してありました。
読んでみたいと思います。

夏が来ると
「冬がいい」と言う

冬が来ると
「夏がいい」と言う

太ると
「痩せたい」と言い

痩せると
「太りたい」と言う

忙しいと
「暇になりたい」と言い

暇になると
「忙しい方がいい」と言う

自分に都合のいい人は
「善い人だ」と言い

自分に都合が悪くなると
「悪い人だ」と言う

借りた傘も
雨が上がれば邪魔になる

金を持てば 
古びた女房が邪魔になる

所帯を持てば 
親さえも邪魔になる
 
衣食住は昔に比べりゃ天国だが
上を見ては不平不満に明け暮れ
隣を見ては愚痴ばかり
 
どうして自分を見つめないのか?
静かに考えてみるがよい
一体自分とは何なのか
 
親のおかげ
先生のおかげ
世間様のおかげの固まりが
自分ではないか

つまらぬ自我妄執を捨てて
得手勝手を慎んだら
世の中はきっと明るくなるだろう
 
「俺が」「俺が」を捨てて

「おかげさまで」

「おかげさまで」と暮らしたい

上所重助


この詩のような、そういう生き方をしたい…と思いながらも、なかなかそういかず 日々イライラしてしまう自分には とても心に響く言葉でありました。

この「おかげさま」という言葉の語源は、諸説ありますが、古くから「お陰」とは神さま仏さまの陰で、その力に守られるという意味で使われていたそうです。

私達は、日常生活の中で支え励ましてくれる「陰(かげ)」の部分が見えているでしょうか?「わたしの力で成し遂げた。」「俺が頑張ったから…」「俺が・私が…」という物事の考え方では「おかげさま」が見えてこないと思います。

大切なことは日々の「おかげ」に気づいていくことです。

「おかげ」は目に見えるものだけではなく、私達を支え関わってくれている多くの人々、そして万物の恵みに対しての感謝のきもち≠ナあり、それが言葉に出たものが「おかげさま」だということではないでしょうか?

私が私として存在できるのは、まさに他者の、万物の「おかげさま」という事なのです。

日々の何気ない「おかげさま」に気づき、感じ取って暮らしていきたいものです。

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