春を迎え、気温の上昇とともに多くの花が咲く頃になるとお迦様のあるお言葉が思い出されます。
「花の香りは風に逆らっては進んで行かない。しかし、徳のある人々の香りは、風に逆らっても進んで行く。徳のある人はすべての方向に薫る。」
ここでいう花の香りというのは、私たちが豊かな生活≠送るために必要なものと言えるかもしれません。お金や、自由な時間です。それらが香った時には、たしかに心地いい気分になります。しかし、風に逆らっては香りません。
自分が生きた証として、多くの財産を残したり、子や孫のために色々なものを残したとしても、それらは、消費すればやがてなくなっていきます。
一方、徳というのは、私たちが豊かな人生≠生きていくために必要なものです。
懸命に努力し、苦しい時でも他者を思いやることができる心のことです。そこに徳が薫ります。
その徳の薫りは自分が亡き後も唯一薫り続けるものです。
私の師匠は、母方の祖父ですが、私が二十四歳の頃に亡くなりました。
亡くなる数か月前に余命宣告を受けていた師匠は、まだ経験も浅く未熟な私のために様々な心得を記したメモを用意していました。その中には師匠の葬儀に関することも記されていました。
しかし、いざ師匠が亡くなった時、そのメモはどこにもありませんでした。ちょうど清書のために書き直そうとしていた矢先に倒れてしまったんでしょう。
葬儀を終えて、師匠の机を整理していますと、一枚の紙が目に留まります。そこには日付と料理の名前がつらつらと書かれていました。
しばらくその紙を見ているとあることに気がつきました。
師匠は、亡くなる十日ほど前に入院をしましたが、実は時を同じくして私の父も、師匠が入院する前日に入院をしていました。
父はある難病を患っており二十四時間介護が必要です。入院中であっても誰かが付き添います。
師匠は、そんな私たち家族のために食事を作ろうとしてくれていたんです。
机に遺された紙は一週間分の献立でした。
十日後に亡くなる師匠です。日常生活もままならない状態でした。それにも関わらず、私たち家族の気持ちに心を寄せ、本気で私たちのために力を尽くそうとしてくれていたんです。最後の時まで他者を思いやる師匠の豊かな心を見ました。そこにはたしかに徳が薫っていました。
師匠が遺した豊かな生き方≠ヘ今でも私の生きる指針となっています。
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