曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)
たのしみ法話
たのしみ法話

海亀霊神 []

愛知 大龍寺 住職 野々村晴之 老師

私が住職をするお寺の境内には「海亀霊神」と刻まれた石碑、海亀のお墓があります。お寺から見える小高い山を越えると、現在は埋め立てられ臨海工業地帯となっていますが、昔は美しい浜辺がありました。
明治生まれの長老に、海亀のお墓を建てた謂われを訊ねたことがあります。すると長老は「海亀は、神様のお遣いだ。昔は魚を捕る網に誤ってかかると食べ物をご馳走して、大漁と海の安全を願って再び海に帰した。亡くなって浜に打ち上がると大切にお祀りをしたものだ」と教えられました。海亀を聖なるものとして扱い、粗末にすると海が荒れ、災いをもたらすと畏れられていたのです。
昔の人々は、大自然に住む動物の行動を見て、自然の状態を推測しました。自然は人間にとって思うがままに操る事は出来ません。また一旦猛威を振るうと手の施しょうがないのです。自然は今より密接に生活や自らの命にも関わっていたのでしょう。
私どもは自然の様々な恩恵を受けて、その中でおいてしか、生きられない存在です。それは昔も今も変わりはありません。現代人はそれを知りながら、生活の快適さを優先し自然への敬意を忘れてはいないでしょうか。素晴らしく文明が発達しても、自然との調和を怠れば人間の存在は危ぶまれます。「畏敬の念」を持つことは「人間は謙虚な心を忘れるべきではない」という先人からの戒めなのです。
お釈迦さまは、身勝手な心を慎むことを勧められます。身勝手な心とは「私だけが良ければ」という一方的な見方をせず、他と共に生き、幸せを分かち合うことを云うのです。
「海亀霊神」は、私たちに「謙虚であり続ける事の大切さ」を伝え、「地球を締麗に護り続けてほしい」との願いが込められているのです。

| top | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 次のお言葉 |