曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)
たのしみ法話
たのしみ法話

自然の恵みに感謝 []

静岡 紅雲寺 副住職 馬渕良純 師

皆さんは「禅修行」と聞くと何を想像しますか。坐禅や托鉢等なにか特別な苦行のように思われますが、日常生活のあらゆる立居振る舞いが禅の修行とされております。なかでも「食事」は大切な修行のひとつに位置づけられております。食事を作ること、食事を頂くこと、それぞれに細かな作法が決められております。多くの方が食事の前に「いただきます」とお唱えします。食事の挨拶として子供の頃から当り前のようにお唱えしてきました。僧侶は「五観の偈」というお唱えをしてから食事を頂きます。食事前の五つのお唱えになりますが、このような一文から始まります。「一つには功の多少を計り彼の来処を量る。
これは、この食事がどれだけ多くの手間に支えられ、どのような過程で今ここにあるのか考え、感謝して頂きます」という意味です。
昨今の日本では、食べたいものをいつでも食べることができます。しかし、これだけ食べ物が氾濫し、当たり前のように食事を頂くことが出来る半面、「食欲を満たす」ことだけに意識が向き、食に対する感謝の気持ちが薄れてしまうことはありませんか?
私は仏門に入る前、農業に関わる仕事をしておりました。農家の方に肥料・農薬の販売や、野菜の栽培指導などをしておりました。
一粒の種から食材がお皿に並ぶまで、どれほど多くの方の苦労のおかげで「食卓」というものが成り立っているかが良く分かります。
皆様が毎日口にする「お米」についてかんがえてみましょう。農家の方は、春の苗づくり、田植えから秋の稲刈りまでに、草刈りや病害虫の管理などで毎日のように田んぼの見回りをしております。乾燥や脱穀、精米等の過程を経て皆さんの口に運ばれるのです。自然は人間の思い通りにはいきません。生命を育てることは非常に難しいことなのです。しかし、その思いは実際の現場に携わる人にしか理解することが難しいものです。
最近、幼稚園の息子と家庭菜園で夏野菜を育てております。毎日、野菜の成長を楽しみに一緒に水かけなどのお世話をし、収穫した野菜をおいしくいただいております。一つの野菜が出来るまでの苦労や生命の尊さについて、言葉だけではなく実際に体験させながら伝えております。
食べ物が有り余る現代だからこそ、少しでも自然の恵みに感謝し、食べ物を大切にしてくれるように願っています。

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