曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

溪聲山色 []

愛知 広済寺 東堂 村上俊孝 老師

谷川の流れも、山のたたずまいも、すべて真理の現象であります。お釈迦様の悟りの内容は「草木も国土も悉く仏を成ず」の一句につきます。もしもこの句を過って、森羅万象が仏であると解したら、凡神論となり、釈尊の悟りをとはかけ離れてしまう。お釈迦様は、一切は、如来(真理)の智慧の相と徳の相とを具え持つ真実を発見されたのが釈尊である。

 ニュートンは、りんごの落ちるのを見て、地球の引力を発見した。宗教的に言えば、この現象は神の啓示に他ならない。溪聲山色もまた同様といえます。

故に道元禅師様は自著「正法眼蔵」に「溪聲山色」の巻をおかれるとともに「峰の色、谷の響きもみながら、吾が釈迦牟尼の声と姿と」と詠ざれた。

 私たちはいつも真理の真ん中に生かされています。こうした事実の気ずのを「悟り」といい、気づかないの「迷い」といいます。
 自然のたたずまいが、そのまま説法の声であり、真理の言葉であるとうなずけたとき、「不妄語」が何であるかを体得したと言えます。

 不妄語とは、「うそや、いらざることを口にしてはならない」と言う意だけではありません。谷川のせせらぎの音も、山の景色もそのままに真理を告げています。しかし、人間のように、自然はあえて言上げをしません。言上げしないままに、そのまま真実を語っているから不妄語と言えるのでしょう。

 溪聲山色、不妄語あるから「真言」であり、真言葉とも言えると思います。

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