曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

竹の音と花の開花 []

愛知 心月齋 神戸大道 師 

 修行中、仏道の肝心なところを住職にかわって、払子をとって説法をする、お弟子さんの儀式がございます。その時に、道元禅師様は次のように言っておられます。新たに任命された僧侶は、参学者が少ないことを気にしてはいけない。経験が浅いことを心配してはいけない。昔、中国の汾陽のお寺、薬山のお寺では十人に満たなかった。しかし、いずれも叢林、禅寺が、これこそ、まさに盛んなときであったと。
 竹に、石が当たる音を聞いて道を悟る、桃の花を見て心を明らかにする、その時の祖師方の心のあり方を思い浮かべてみなさいと。どうして竹に利鈍があり、迷悟があろうか。花に浅い深いがあり、賢い、愚かがあろうか。花は年々花開くが、見るものがみな悟るわけではない。竹はいつも音を発してはいるが、聞く者がことごとく悟りを得るわけでもない。只、長い間の修行の功徳にむくい、弁道に苦労を重ね、縁があって道を悟り、心を明らかにしてきたのである。
 竹の音が特別に、鋭いはたらきがあったのではない。また、花の色が特別に美しかったわけでもない。竹の響きがすぐれていても、それなりの因縁があって音を発するのであり、桃の花が、美しいといっても勝手に開くのではなく、春という季節になると美しく開花するのであると。
 皆さんが、よく知っているアイザック・ニュートンも、長年の勉学の積み重ねによって、リンゴの実がポトリと落ちたのをみて万有引力の法則を発見しました。
 仏道の参学における、因縁もまた同様であります。玉は、磨かれてはじめて光り輝き、人は錬磨してはじめて悟りを開く人となる。はじめから光のある玉もなければ、はじめからすぐれた、はたらきのある人もいない。必ず、切磋琢磨せよ、ぜひとも錬磨せよと言っておられます。

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