曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

人を思う生き方 []

愛知 威音院 住職 中村元紀 老師

皆様一度は困っている人を見過ごせない、
あるいは世の中の為に何かせずに居られないと思った事はないでしょうか?
 修証義というお経の中に「利行」と言う
教えがあります、利行とは相手、もしくは周りの為になる行いをすると言うことです。
 相手の事を思いやり何かをすると言うことは自分自身の救いにもなるという教えです。
 人と人とが必要とし合う中で私達の命は支えられています。
 しかし私達は、支え合って生きているはずなのに、その事を忘れてしまいます。
 誰かの為に親切な事をしても、それに対して見返りを求めてしまっては、利行にはなりません
 私はこの事に強く気付かされた出来事がありました。
 私のお寺は、一日中人の行き交う場所にあり、ゴミがとても多いのです。
 お寺に入った時、通学路にもなっているこの道を気持ちよく使って頂きたいと言う思い思いから、
お寺の前だけで無く付近一帯を掃除するようになりました。
 しかし、掃除しても掃除してもすぐ汚れる。そんな日々を繰り返している内に、誰かに汚されているという、被害妄想に陥り、通行人や周りの飲食店に対して疑心暗鬼になっていきました。
 ある時仕事のため数日お寺を空けた後戻ると道がとても綺麗になっていました
 見知らぬ方が掃除をしていたのです。
 話を聞くと、近所の飲食店の方でした
お礼を言うとその方は言いました。いつも和尚さんが掃除してくれているから気付かなかったけど、汚れるとすぐわかるね、だから自分も掃除しないとって思ったんだ。
 最後に綺麗にするって気持ちいいですねと言われました。
 何気ない一言に心が軽くなりました。
 私はせっかく掃除した道を汚され、無駄なことだと思っていました。
 しかし私の掃除という行いは誰かに認めてもらう事では無く、この道を使う人達が気持ちよく使ってくれると良いなと思い掃除をする。それだけで良いのです。
 私はいつの間にか自分の成果を認めてもらいたい、掃除した場所を汚されるのが許せないと自分本位な考えで行っていました。
 私は自分で自分を苦しめていたのです。
 店員の方の言葉や行動によって私の心は救われ、改めて私達は支え合いの中で生きているのだと実感しました。
 例えばトイレに行った時など履き物が揃っていると気持ちいいし履きやすいですよね、だから私も綺麗にする生活の些細な場所に人を思いやる行いがあります。人を思う生き方少しでも実践していきたいです。

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