曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

火の用心 []

愛知 蓮華寺 徒弟 畔柳公潤 師

11月に入って気温は一段と下がり、空気もすっかり乾燥してきました。押し入れに眠った暖房器具を取り出すお宅も多いのではないでしょうか。
 ストーブの暖かさは快適ですが、暖房器具の使用と空気の乾燥も相まって、この時期から火災も起きやすくなってきます。火の扱いには十分注意して、暖を取っていただければと思います。
 このようにお話しますのも、私が消防団に所属する関係から、火事場を何度か目の前にして、その恐ろしさを垣間見ているからです。そこで思うのは、火はまさに大泥棒ということです。人は持ちきれるものしか盗みませんが、火は全てを焼きつくし、奪い去ってしまうこともあるからです。
 この火を、仏教では煩悩に喩えることがよくあります。煩悩はその字に表れているとおり、まるで火が頭をジリジリと焼くように、私達を悩ませ苦しめます。
 何でも思い通りにしたいという己の欲。その欲を膨らませ激しく燃え上がった姿は、「怒り」という煩悩の炎です。火事場の火は勢いがつくと、ちょっとやそっとでは手に負えません。その火はやがて周りの建物をも焼いてしまいます。私たちの心の火も同じではないでしょうか。
 だからこそ、この火が小さいうちに水をかけられる対策、習慣が大切です。その一つとして、私自身は呼吸に気をつけています。息という字は自らの心と書くように、心が乱れれば自ずと呼吸も乱れます。呼吸の乱れに気づいたら、「ああ、心が乱れたな」と自覚して、油を足さぬよう静かに呼吸に集中します。もとの呼吸を取り戻せたなら心の火も徐々に小さくなっていきます。すると、物事を落ち着いて考える余裕も生まれてくるのではないでしょうか。
 扱い方を間違えると、大変恐ろしい「火」ですが、私たちは火を用いずに生活することもできません。私たちの欲という火もまた生きている限り絶えることはないのです。だからこそ、心にいつも火の用心を。

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