曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

人は私に代われない []

静岡県 心月寺 住職 大内裕貴 老師

昔あるところに、夏の暑い中、外で椎茸を干している腰の曲がった年老いた和尚さんがいました。そこへ若い和尚が来てこう言いました。
「なぜこの暑い中、あなたの様なご年配の和尚さんがこのような大変な作業をしているのですか?他に若い和尚もいるのでしょうから、その者達に任せてはいかがですか?」
すると、年老いた和尚は言いました。
「人にやらせたのでは、私がしたことにならない。私がやらねば私の修行にならない。」
若い和尚は気遣い、
「では、もう少し日が傾いて、涼しくなってはどうですか?」
といいますと、
「今やらねばいつやるのだ。」
と答えられ、若い和尚は感銘を受け、修行の心構えを学んだというお話があります。

この話は、和尚さんの修行中の話と思うかもしれませんが、それだけではありません。私たちが普段の生活を送る中で、自分と人を見比べ、損得勘定をしながら動いたり、やらなければならないことを後回しにして、人にやらせたりしていないかという注意となる話です。

目の前にある事、自分が引き受けたことに自分自身が取組み、消化して浮くことが未来の自分の心の糧、身体の糧になり、逞しい自分を作り上げます。逞しさは余裕を生み、余裕により、自分と人を救うことができます。しかし、折角自分を育てる機会に出会えたのに、それをよい機会と思えずに見送っては、自分と人とを幸せにする機会を逃してしまうことになります。同じ機会は二度と訪れません。

椎茸和尚の言った、
「今やらなければいつやるのだ。」
とはこのことです。

しかし、現代では過労死が問題となっていますので、自分だけで頑張るのではなく、協力して、心・体・時間の余裕が大きいものが、余裕のない方を助けて、それぞれが今取り組んでいることに一生懸命になり、逞しくなっていけるような環境づくりを目指して生活することが、未来の余裕ある生活を送ることにつながるのだと思います。

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