曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)
たのしみ法話
たのしみ法話

有り難い一日 []

東海管区教化センター 渡邊信行 統監 

平成最後の正月と雖も又、新しい年を迎える事が出来て、「お目出度う、お目出度う」とどちらでも祝いの言葉が交わされるのでありますが、このめでたい正月に「しゃれこうべ」をブラ下げて門門を廻ったお坊さんがいます。
『門松や冥土の旅の一里塚めでたくもありめでたくもなし』と詠んだ一休さんです。一四〇〇年代に九〇歳近くまで生きました。
 考えてみればその通りですよネ。
今年も無事に新しい年を迎えておめでとう。だけれども、それは私の寿命を一年一年削っている訳です。
 私も若い時には、そんなこと考えてもみなかったんですが、この年になると(私の年は秘密ですがネ)やっぱり残りの命を考える事もあります。そうするとタマには、今この世に元気で於いて貰っている事が有難く思える事があります。いつもいつも有難く思えれば大したモンでしょうが、私のレベルでは中々そんな風にはいきません。
ありがたいとは“有る事が難しい”と書いてのありがたいという気持ちでしょうか。
 私の今日の命はあって当たり前というおもいではなくて、今日の命を無事に頂いて、又、生きることが出来る事への「ありがたい」と云う気持ちでしょうか。そこで、『その生きると云う事は、同時に死ぬという事と一つになっているんだぞ!死に向かって一歩一歩近づいているお前さんだよ。手放しで喜んでいて良いのかよ!』と云う一休和尚の一言ではないでしょうか。
 人は誰もがいつか死にます。その事を知っているからこそ人生は価値のあるものになるのでしょう。
今日と云う一日を有難いと思って暮らしませんか。

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