曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

楽 [1813 平成27年5月4日〜5月10日]

愛知 報恩寺 副住職 新美最照 師

皆様は、この世で一番楽なことはなんだとお思いですか。寝て暮らすことでしょうか。衣食住に贅沢を凝らすことでしょうか。それとも酒と美人に取り囲まれて暮らすことでしょうか。行きたい所へ出歩くのもたのしいことかもしれません。今日でいう道楽・娯楽・安楽・法楽はみんなこういったことを指すようです。道楽息子、娯楽番組、安楽椅子、大法楽などと前後に語句を添えてみると、これらの言葉の表すところがよく分かります。でもこれらの言葉は本来もっと程度の高いことを表すもので、正反対の意味だったと言っても良いくらいです。
 昔、インドのカーシーという国に耶舎(ヤシャ)いう若者がいました。長者の息子でしたので何不自由なく暮らしており傍目から見ればそれはもう楽しい毎日を過ごしておりました。でも、大勢の侍女にかしずかれて幸せそのものだったある朝、耶舎(ヤシャ)は女たちより早く目を覚ましてしまったのです。ふと女達の寝姿を見ると、髪を乱し、よだれを垂らし、昼間の美しさとはまるで違うだらしない姿をして寝ているではありませんか。耶舎は虚しさで心がいっぱいになり、「自分の求める楽とはこんなものだったのか、なんて苦しいことだ」と悔やんだ挙句、何もかも捨てて家を出て行ってしまいました。耶舎(ヤシャ)はその後、お釈迦さまに出会って本当の楽を得ることができるのです。
 道楽とは仏道修行で得た悟りの楽しみをさし、娯楽とは精神的な安らかさを覚えること、安楽とは仏世界の楽しさ、そして法楽は真理の世界に浸る楽しさです。いずれの語も仏教語として最高の境界をさしたのに、いまではどうして低次元の楽を言うようになったのか。遊び人を遠まわしにとがめるために使われたのが、こんなふうになったのかもしれません。

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