曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

ご縁の世界に生きる [1816 平成27年5月25日〜5月31日]

愛知 西福寺 副住職 佐竹弘道 師

先日ある男性の方がお参りに見えました。その方は定年を迎えたのを機に、四国88カ所をおよそ40日間かけて野宿もしながら歩いて回ってきたそうです。
四国88ヵ所とは弘法大師がご修行された四国にある88カ所のお寺を巡る巡礼行です。
その男性が私に「お四国回ると何か変わるのかとおもいましたが、何も変わった気がしません。ある人からは「今は何も感じないかもしれないけれど、日にちが過ぎるごとにその経験がからだにしみてゆきますよ」と言われたけれど、そういうものですかね。」と尋ねられました。
その言葉で、私は自分の修行時代の事を思い返していました。
目の前にあることで精一杯だった日々。あの時もっとやれることがあったのではという思いが頭をよぎることもあります。
私はその男性に「やってきたことを思い返してああすればこうすればと思う事は多々あります。けれど、それらの経験があったからこそ今そう思えるのではないかと思うんです。」とお話しました。
男性は、もうしばらくお四国の思い出話を話されると、帰り際に「ご縁があるならもう一度歩いてまわってみたいと思っています。其の為にも体力をつけなくちゃ」と笑いながら歩いてゆかれました。
永平寺を開かれた道元禅師はその著書『正法眼蔵』において
「いまの一当は、むかしの百不当の力なり、百不当の一老なり」
というお言葉を遺されています。
人は成功という「一当」を褒め称えます。けれど、本当に尊いのは失敗を繰り返しながらもひたむきに努力する「百不当の力」なのです。努力したらその分報われるのかというと必ずしもそうではないことは、皆さん経験上理解されていると思います。だからといって努力をやめてしまえば、それはそこで終わってしまします。どんな成果もその場面だけがすべてではなく、そこに至る様々な経験が縁となり、今があるのというのです。
私自身振り返れば失敗と後悔ばかりです。けれど、その沢山の失敗や挫折、後悔という百不当いや千不当、万不当の宝が私を育ててくれるのです。私はこの言葉を肝に銘じ、一瞬一瞬を大切に生きてゆきたいと願っています。

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