曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)
たのしみ法話
たのしみ法話

人人悉く道器なり [1818 平成27年6月8日〜6月14日]

三重 常安寺 住職 二村宏一 老師

曹洞宗の大本山総持寺を開かれた瑩山禅師のお言葉です。この世に生まれてきた人は、誰もが仏であり、素晴らしい存在です。努力する事によって、もともと自身に備わっている仏の心に気が付くということです。
私は昨年十二月より三重県曹洞宗青年会の会長を務めています。お寺の日常のお務めも割りと忙しくありますが、青年会もこなして行く。日々の生活に追われながらも、自分に役を引き受けることができるのかと思い、悩みました。
 また、人をまとめる役というのも何か違う気がする。修行時代から、そういった役には向いていないとずっと思い続けていました。自分の性格には合わない。その器ではないのではないか、と。
 そんな時、瑩山禅師の言葉が浮かびました。「この世に生まれてきた人は、誰でも仏道を極める事が出来る」この仏道を、自分に与えられた役と置き換え、精一杯務めてゆく。日々の調整など、周りの方の協力があってこそのものではありますが、まずやってみようと思わないと、自分が面白くならないと思います。
 自分は特別な人ではありません。しかしどんな人にも、生まれながらにいろいろな道を成し遂げる力があるということです。それはいろんな年代、また時期によって出てくるものだろうと思います。
 そこで、瑩山禅師はこう続けられます。「いつやり始めるにもいい日である。ただ、やるかやらないかだけで、人を選ばず、時を選ばないのだ」、と。
 私に向けられた役は、その縁があったこそ、頼まれるのだろうと思うようにしました。
 皆さんも、人生において、いろんな困難に出会う事があるでしょう。そんな時には自分に与えられた縁だと思い、器を磨いて頂きたいと思います。

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