曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)
たのしみ法話
たのしみ法話

人として [1787 H26年11月3日〜11月9日]

愛知県 大珠寺 住職 大野裕伸 老師

 秋も深まり冬の気配が近づいてきました。そんな中散歩をしていますと、公園から子どもたちの遊ぶ声が聞こえてきました。様子を見てみると、子どもたちの中に外国の子も混じっていました。何とも嬉しい気持ちなりましたが、ふとこんな事を思いました。どうして子どもは誰とでもすぐに打ち解けることができるのだろう。
 大人になると、外国の方と接するとき、どうしても身構えてしまいます。確かに言葉の壁は大きいかもしれません。でも果たしてそれだけなのでしょうか?私は違うと思います。大人になると社会のしがらみの中で、人を外見で判断しようとしてしまうのです。年齢、性別、容姿、などから相手の情報を得、少しでもうまくいくように知らず知らずのうちに外見で判断しているのだと思います。
 では、この場合はどうでしょう。公園にハトがいます。ハトを見れば皆さんはハトだと思うはずです。ハトを見て、雄だ雌だという人はいないと思います。
 先程の子どもたちに戻りますが、子どもたちは人を人としてみているのです。外国人じゃなくて人なのです。大人になると、どうしても子どもの頃の純粋な気持ちを忘れてしまいます。それは現代においては仕方のないことかも知れません。ただ皆様には、人を人と判断し、人として接することを実践していただきたいと思います。

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