曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

挨拶 []

愛知 忠勝寺 住職 澤田元勝 老師 

「ごめんください」皆様こんな挨拶お使いになられますか?
私はお檀家さんのお宅に入るとき「ごめんください」と挨拶をします。帰る時も「ごめん下さい」と言います。日本にはいろいろな挨拶があります。
挨拶とは仏教語で本来の意味は、師匠が弟子に声を掛け、弟子が師匠の声、内容を察して、その場、その時に応じた言葉を考え答えるということであり。自分に向けられた言葉に精一杯答えるものが仏教語としての挨拶です。
辞書で調べると、人に会ったときや別れる時にとり交わす儀礼的な動作や言葉とあります。現在行われている挨拶としての意味です。
挨拶の種類は朝夕の「おはようございます」「こんにちは」「こんばんは」
気候や天気を表す「暑いですね」「寒いですね」「いい天気ですね」
相手の健康や安否を気遣う「お元気ですか」「具合はどうですか」
再開を喜ぶ「お久しぶりです」「御無沙汰してます」
食事の時の「いただきます」「ごちそうさま」
別れの時の「さようなら」「失礼します」「バイバイ」「お元気で」
出発の時の「いってきます」「いってらっしゃい」
と他にもまだまだ沢山あります。
いまあげた挨拶というのは、自分だけが行う言葉の投げかけというものではなく、相手を含めた自分のまわりに影響を与えるものであり、相手との距離を簡単に縮められるコミュニケーションの一種ではないでしょうか。
40年程前に大人気番組だった「8時だよ全員集合」というテレビ番組のオープニングで、 今は亡きいかりや長介さんが必ず発声する「おいっす」という挨拶は、言った後に必ず「声が小さい!おいっーす」と言っていました。
単に先にあげたような礼儀作法ではなく、いかりや長介さん本人の今から始めるぞ、というスイッチであり、自己改革であり、また、見ている子供たちへの挨拶の啓発活動でもあったと思います。
さらに、挨拶とは間違った使い方をすると、嫌な思いも生まれるものです。
しかし挨拶をすることで、人と人が縁で結ばれ、さらには成長していくことができる言葉の呪文のようなものと感じられはしませんでしょうか。
挨拶というささやかな行いを積み重ねることが、私たちの心を清らかなものにし、内面からその人の命を輝かせていく、そういったものが挨拶ではないでしょうか。

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