曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)
たのしみ法話
たのしみ法話

いただくということ [1830 平成27年8月31日〜9月6日]

愛知 高照寺 副住職 荒井政人 師

季節によって様々な野菜が食卓に並んでいます。その色鮮やかな野菜を見るたびに、ふと思い出すことがあります。
 本山での修行時代、私は修行僧の食事を作っていました。何気なく大根や人参の皮をむき、皮やへたを捨てようとした時です。料理を指導してくださる老師よりこのように言われました。
「むいた皮はお汁や煮物のだしの素として使用し、取ったへたは細かく切って薬味として使用できる。もったいないので捨ててしまうのはやめなさい。」
 今まで、皮やへたを料理の材料として使うなど思ってもみなかった私には、食材を少しも無駄にしない老師の教えにとても衝撃を受けびっくりさせられました。
 曹洞宗を開かれた道元禅師様は「人が生きていくために必要なことは、あらゆる命を頂くのは致し方ないとして、その命を決して粗末にしないこと」と教え示されています。
 直接私たちが口にするものではありませんが、畑や花壇に大量の虫がつけば、駆除せざるを得ませんし、お庭に雑草が生い茂れば当然のことのように手でむしりとってしまいます。
 私たちが生きていく為には、数限りない尊い命を頂戴しなければなりません。
 ですから、食卓についてお食事を頂く時には、作っていただいた方に感謝をするだけでなく、私たちの健康な体と正しい心を作ってくれる食べ物をありがたく頂戴し、いつでも手を合わせることを忘れないよう心掛けたいものです。

| top | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 次のお言葉 | 183 |