曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

雨乞いの祈祷師 [1834 平成27年9月28日〜10月4日]

愛知 龍海院 住職 池田友厚 老師

かつて「アメリカ・インディアン」と呼ばれていた「ネイティブ・アメリカン」の人達。まだコロンブスがアメリカ大陸を見つける以前からアメリカの大地に住み、神を信じ、自然を崇めて暮らしてきた民族。
 そのネイティブ・アメリカンの各部族には必ず祈祷師がおり、その風貌と能力から、人々から恐れられ、崇められていたんですよね。
彼らの能力たるや、まさに目を見張るものがあって、日照りの続く時でも、彼らが火を起こし、雨乞いの呪文を唱えると必ず雨が降るんです。何故だか分かりますか?・・・・
それはね、雨が降るまで祈祷し続けたからなんです。
坂村真民さんという仏教詩人がいらっしゃいます。あの方の詩に「念ずれば、花ひらく。」というのがあります。
 でもね、皆さん。「『念ずれば、花ひらく』かぁ。んじゃ念じてみよ。あれ、ちっとも開かへんなぁ。」というもんじゃあ、ありませんよ。そんな簡単に花ひらいたんでは、逆に人生、おもしろくない。
 辛さに耐えて。夢に向かって血の滲むような精進・努力をつみ重ね、念じて、念じて、もうアカンと思った瞬間から、更に念じて、念じきった時、いつの間にか辛さが消え失せ、夢が叶っている。それが真民さんの言う「念ずれば、花ひらく」ってことなんだと思うんですよね。そう、私達の住んでるこの世界は「娑婆世界」基本、苦しみの世界ですもんね。夢が叶うようにと、耐えて、努力して、念じ切ることで、やっとその願いが叶えられる。
 それは、アメリカ原住民の祈祷師が、日照りの続く中、火の前に坐り続け、汗をダラダラと流しながら、それでも部族みんなの幸せの為に、空から雨粒が落ちてくるまで、雨乞いの呪文を唱えて念じ続けるのと同じ。つまり、雨乞いの祈祷師の並外れた、目を見張る程の能力とは、「花がひらくまで念じ続けることのできる能力」なんですね。
 あなたも、もうひと花、夢の花を咲かせてみませんか。

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