曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)
たのしみ法話
たのしみ法話

ながらはいけません []

静岡 西光院 住職 桐畑守昌 老師

 平成の時代に入り私達の身の回りの物が劇的な進化を遂げてきました。
 特に二十年ほど前からでしょうか、携帯電話の普及率には目を見張るものがあります。電話を持ち歩くなど昭和の頃には誰もが想像しなかったとおもいます。
 近年はスマ−トフォンの出現によって現代のあらゆる場所での環境や雰囲気が変わったような気がします。
 例えば公共交通機関の車内の中が静かになったり、病院の待合室での静けさなどほとんどの方がスマ−トフォンに夢中です。
 使うことは各自それぞれ理由があると思います、が、それにまつわる様々な問題も指摘されます。それがながら歩行、ながら自転車、ながら運転など自分自身がけがをしたり、周囲の方々とのトラブルがあることを良く耳にします。二つのことを同時に行うから時には大惨事にもなったりする訳です。
 道元禅師様がお示しになられた只管打坐という御教えがあります。これは何も考えずひたすらに坐禅をするということです。
 特に只管という言葉にはただひたすらにという意味があります。今すべきこと、やらなければいけないことに対して何の雑念を持つことなく全身全霊をかけてやり抜くということです。ですから一度に二つのことを行うと言うことはあり得ないわけです。
 食事するときは食事することになりきる、仕事するときは仕事になりきる、日常生活のすべての行動が只管でなくてはならないわけです。
 便利という物を求めてきた結果、良きもあれ悪しきも現れました。このような何一つ不自由のない時代だからこそ今一度原点を見つめてみませんか。また違った世界観感じることができると思います。

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