曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)
たのしみ法話
たのしみ法話

いつもそばにいます []

三重 南泉寺 徒弟 山田量大 師

「いただきます」、「ごちそうさま」、「ありがとう」
これらの言葉が仏教に由来していることはとても有名です。
我々日本人が当たり前のように使っている言葉の中には先にあげたように、仏教に由来している言葉というものが多数あります。
「慈悲」という言葉もその中の一つでしょう。
「慈悲」とは、簡単に言ってしまうと、自分以外の存在に対して慈しみの心をもつということですが、そう簡単なことではありませんよね。
私自身いつも、常に心穏やかに日々をおくれているわけではありませんが、気持ちが高ぶった時、いつも思い出すようにしている出来事があります。
私は高校生の時、親しい友人を亡くしました。
死因はバイクとバイクの正面衝突。
即死だったそうです。
その友人の家族の方にも良くしていただいていていたので、おうちにお参りにいくのが本当につらかった。
おうちでの枕経も終わり、翌日の火葬にも参列させていただきました。
スイッチが押され、火が付きます。
私は控室に入るよう勧められたのですが、断り、煙突から出る煙を、ただボーっと見ていました。
その時、じわじわと湧き出てきた感覚と、言葉がありました。
「あぁ、今、友人は友人から、世界になった」
とても不思議な感覚でしたが、そう思うと、スーッとつらく、悲しい気持ちは消えていきました。
ありとあらゆる場所に友人を構成していた物質は飛んでいき、あるものは植物に吸収されたものもあったでしょう。
あるものは虫に、同じように魚に、動物に。
直接的に取り入れられなくとも、彼を吸収した虫を食べた魚。
彼を吸収した植物をたべた動物。
そしてそれらを食べた人間。
そうしてありとあらゆるものの一部として存在し続ける。
そう考えると、自分を取り巻く全てのものが美しく、親しいものとなり、とても愛おしく思えてきたのです。
お釈迦様の説かれたこの世に生まれた限り避けては通れない8つの悲しみにも含まれる「愛別離苦」
これをお聞きの皆様も親しい方がまだ一人も亡くなっていないという方はいらっしゃらないでしょう。
同じように考えれば皆さんを取り巻く全てにも、亡くなられた親しい方が、姿を変え、存在し続けている。
そう思えば、花や木、虫や動物、「少し苦手だな・・・」と思う人に対しても、少し優しい気持ちになれるのではないでしょうか。
そして、その少しの優しさが慈悲に繋がる道をいく一歩目となるのだと私は思います。

| top | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 次のお言葉 | 149 |