曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

心身一如 []

静岡 清観寺 宇井孝延 師 

「体に使われてはいけない、体を使うんだ」
以前、勤め先の上司が会話の中でそのような話をしていました。
言うのは簡単ですが、いざ行うのは難しいことであると思ったのを覚えています。

仏教には「心身一如」という言葉があります。
心と体は切り離すことのできないものであり、ひとつのものの両面であるという考え方です。人間は年とともに衰えていく生き物であり、昔出来たことが今は出来なくなったという方も少なくないのでしょうか?
私自身、小学生・中学生の頃は水泳部に所属していた為、どこか心の中では「まだ人より泳げる」と思っていました。しかし今から数年前、家族と行った市民プールで試しに25メートル、50メートルと泳いでみるとそれだけで息が上がり、体全体がだるく、昔のようにはいかないんだなあと思い知らされました。まさに「体に使われている」ような感覚です。
もちろん、学生の頃のように毎日泳ぎの練習をして体力づくりをすることである程度は続くようになるのでしょうが、25年も前の状態に戻れるとはとても思えなく、年をとったからの一言で心に蓋をしてしまったのは苦い思い出です。
まさに後ろ向きな意味での「心身一如」になってしまいました。
しかしそこは人間、年をとって逆に良くなることや増えることがあります。
それは知識です。学生の頃は知らなかったことでも大人になり、様々な社会と付き合っていくことで得ることのできる大変尊いものです。
 今自分は泳ぐ体力が無くなってしまったとしても、自分が培ってきたものを子供たちに教えることができます。先人の知恵などというのもおこがましいかもしれませんが、
今の「身」で行うことのできる「心」の在り様です。
より良くなる為に努力をすることは大変すばらしく、皆がそうであれば良いというのが
理想ではありますが、身ばかり心ばかりが先行しても上手くいかないことでしょう。
大切なのは、少しでも自分ができることを見極め心がそれに寄り添っていくことではないでしょうか。

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