あるお葬式でのお話です。
その方は、ここでは仮にハナさん、としましょう。ハナさんは、高齢のご家族の介護を長年続けられてきました。その方が亡くなられたとき、私はハナさんのご苦労をねぎらいました。すると、ハナさんは困ったような表情をうかべただけで、口を閉ざしてしまいました。
その理由が分かったのは、葬儀直前のことです。ハナさんは、介護していたその方から、傷つけられるような言葉をあびたり、いやな思いをたくさんさせられたようです。
きっと、その方が亡くなったとき、悲しみよりも怨みや憎しみの方がまさっていたのでしょう。そして、その怨みや憎しみの感情をどうしてよいのか分からず、気持ちの整理がつかなかったのではないでしょうか。
しかし、葬儀の後、ハナさんの表情は明るくさっぱりしていました。不思議に思い、たずねてみると、「お葬式で手を合わせたとき、そこへいやな思いはすべて置いてきました」と話してくれました。
ハナさんは、怨みや憎しみという、いつ終わるとも分からない辛い思いを、自らが手放すことで救われたのです。
お釈迦様は、「怨みは怨むことによって無くなることはなく、怨まないことによって怨みはなくなる」と教え示されています。
怨まない、ということは難しいことです。しかし、怨み続けるということは、いつまでも心が安らぐことがない、ということです。
怨みや憎しみが心に満ちたとき、お寺に出かけてみませんか。仏さまの前で手を合わせ、怨みも憎しみもそこに置いていきましょう。その場所は、心安らかに生きるための出発点となるのです。
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