皆さんの心に強く残っている思い出はありますか。私には亡くした祖母の口癖で一日一生という言葉があります。一日という限られた時間の中で人が生まれてから死ぬまでの一生が完結するように生きなさい。つまり悔いのないように生きなさいと言いたかったのだと思います。私の口にはその言葉がふと出てきます。先日、自宅にある掛け時計の電池が弱くなり時計が今にも止まりそうでした。電池交換をしようと時計に手をかけた時、秒針が九のところで一秒進んでは一秒戻りと繰り返していました。もちろん時間はあっておりませんが一生懸命動いている針を見て私は十五年前に戻りました。病院のベッドで痩せこけた祖母が酸素マスクをつけられ、浅い呼吸で横たわっていました。今にも呼吸が止まりそうで家族としてはそばにいることが精一杯のことでした。「婆ちゃん、正人やで」と意識のない祖母の手を握ると、ほのかに温かさを感じました。その数時間後に祖母は九十一才の生涯に幕を閉じました。あれから十五年経った私の口についたかのように一日一生という言葉が出てきます。つまり今、私の中に祖母が生きているのです。
私の中にある一日一生とは本能のままだけに生きるのではなく、人を思う心が大切なのです。強いてはそれが自分自身を大切に生きることに繋がるからです。私は祖母から渡されたバトンを今持っています。それを皆さんに伝えることがとても大切なことなのです。
永平寺をお開きになられました道元さまは他を思うことは何よりも自分を大切にすることだとお説きになられました。おそらく皆さんの受け取った思いのバトンも私が祖母から受け取った思いのバトンも他を大切にしなさいと同じことを言っているはずです。-皆さんがこれまで長い間、送って来られた人生は楽なものばかりではなかったと思います。その思いを次の世代にバトンとして渡してあげてください。それが他を思い、自身を大切にする私たちの悔いのない人生なのです。ご清聴ありがとうございました。
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