曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

頭の上で燃える炎 []

三重 佛光寺 龍谷孝道 師 

今年も早いもので12月となりました。昔の呼び方で言えば、12月は「師走」です。諸説ありますが、「師走」という呼称の由来は、お坊さんが家々でお経をあげ、仏事を行うためにあちこち忙しく走り回ることから、12月が「師馳せ月」と呼ばれるようになり、それがさらに「師走」と呼ばれるようになったとされています。このようにあちこち走り回るお坊さんでなくとも、12月がやってくれば、私達は年末の慌ただしい雰囲気の中で、一年の終わりという一抹のさみしさとともに、時の流れの早さを嫌でも感じることになります。
 ところで、私達の身の回りには、どれだけ時間をかけても足りないほど、様々な娯楽で溢れています。ついうっかりすると、スマートフォンやパソコンの画面に映る動画を見ているうちに一日が終わってしまった、なんていうこともあるのではないでしょうか。そんな時は、せっかくの一日を無駄にしてしまったと、自分の事が嫌になってしまったりもするでしょう。時間というものは、あっという間に過ぎ去っていくものです。それは今も昔も変わりません。道元禅師は、このような貴重な時間を少しも無駄にすることなく、自分自身がやらなければならないことを、しっかりと行うべきであると、お示しになっています。
ある時、永平寺で行われたとある説法で、次のようにお話されています。「時間というものは弓から放たれた矢のようにあっという間に過ぎていき、人の命はいつまでもとどめおくことはできないものである。頭の上に燃えさかる炎を消すように、修行に励まなければならない。これこそが、仏祖の面目であり骨髄なのである」と。
頭の上に炎が燃えるということは大変なことです。もし本当にこんなことが起これば、すぐにでも手で払い水をかぶって、その炎を消そうとするでしょう。私達は、この炎を消そうとするような必死さをもって、貴重な時間を一時も無駄にせず過ごさなければならないのです。何もやる気が起きず、ぼーっとしてしまうという時もあるでしょう。そのような時は、頭の上に燃えている炎を思い浮かべてみるのもよいのではないでしょうか。

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