私たちが生きるこの世界には、無数のいのちが共に息づいています。仏教では、その一つひとつが本来、かけがえのない仏のいのちであると説きます。道元禅師さまは「山川草木悉皆成仏」と示され、すべての存在がそのまま仏の働きを表していると説かれました。そこには、本来“誰一人取り残されることのない世界”が、すでに開かれているのです。
しかし、現実の私たちはどうでしょうか。自分と相手を比べ、価値を量り、分け隔てをつくる心が働きます。理解できない人を遠ざけ、弱さを抱えた人に気づかぬふりをする。知らぬ間に、誰かを独りにしてしまうことがあります。取り残すという行為は、実は社会ではなく、私たち一人ひとりの心から生まれるものかもしれません。
坐禅とは、その“分ける心”を静かに見つめ、手放す修行です。ただ坐り、呼吸に身を委ねるとき、善悪や損得から離れ、すべてのいのちが等しく尊いという事実が自然に息づいてまいります。私たちは、他者を理解しようとする柔らかな心、寄り添おうとするあたたかさを取り戻していきます。
「誰一人取り残されない世界」は、特別な理想ではありません。遠い未来に待っているものでもありません。今日、私たちが目の前の“この人”に心を向けること、声なき声に耳を澄ませること、困っている人にそっと手を差し伸べること。そうした小さな実践の積み重ねが、仏の慈悲をこの世界に現していきます。
私たち一人ひとりの行いが、誰も孤立せず、誰も排除されず、すべてのいのちが輝ける世界を育てていきますように。今日のこの一歩こそ、仏の道の実践なのです。
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