曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

生を明らめ死を明むる [No,1384、2月19日〜2月25日]

三重県志摩市 大蔵寺住職 松森詔彦 老師

曹洞宗の読誦する経典に『修証義』というものがあります。その最初の一節は「生を明らめ死を明らむるは仏家一大事の因縁なり」というものです。これは生と死の問題を明らかにして会得することが仏に帰依する者にとって大事な問題であるということを示したものです。何もこれは人間に限ったものだけでなく生きとし生ける物や宇宙といった森羅万象全てを含めたことでもあるのです。この世のすべてのものは因縁によって存在し、滅するものであるのにその実相に気づかず、我というものに落ち入ってこれにとらわれ、いたずらに迷い苦しんでいるように思えます。お釈迦様は隣人の老病死に苦しむ姿から、自分もいつかは老い、病に倒れ、死を迎えるのだということを自覚し深い苦悩に打ちのめされますが、問題解決のため王子の身分を捨て、妻子を置いて出家求道の旅に出ます。長い間の難行苦行を重ねてついに、苦楽の中道が問題解決の道であり、「生があるに縁りて老・死がある」といった「縁起の法」が問題解決の鍵となる事に気づかれ悟りを得ました。すなわち、この世におけるあらゆるものの中で、すべて始から単独にそれ自身のみで存在しているものは何一つなく、必ず他のものと互いに相依り相関係しあって存在する。ものごとにはすべて原因があって結果があるのであって、原因のないところに結果はありえない。つまりこの世の在りようは森羅万象全てのものに依って生かされていると同時に限りない因縁によって成り立っているということです。
 昨今の世相を鑑みるに、親は子を虐待し、死に至らしめる事件や、それとは逆に子どもが親に暴力をふるい、時には殺害に及ぶといった事件が後を絶ちません。イジメによる自殺も増えています。こういった事件を目のあたりにすると、家族や社会に対する感謝や報恩、利他行や止悪行善に励み生命を尊重する事が、「生を明らめ死を明らむる」ことの実践につながる事だと思うのですが如何でしょうか?

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