良寛様の漢詩によれば、ある眠れぬ夜のことです。歌も詠み、漢詩も詠んだ、さてこの後どうして過ごそうかと思案の末、ひょいと手を後ろに回してみると道元禅師のお書きになった本が手に触る。薄明かりの差し込む小窓の下の机で、香を焼きほのかな明かりを頼りにおもむろに拝読し始める。道元禅師の一個半個打出という、たとえ一人でもよいいや半人でもよい真実にめざめる僧を育てたいとの厳しいお心がジンと胸に伝わってくる。その真摯にして純粋な教えにどう応えればよいのか。いつの間にか夜もすっかり更けて朝まで読んでしまった。なぜか涙がとめどなく流れてくる。あ〜もったいなくも大事な本を濡らしてしまったではないか。翌朝たまたま隣りのじいさまが草庵を訪ね、どうしてこの本が湿っているのかと尋ねられたが、言葉が出てこない。どう返事をすればよいのか、ほとほと困り果てた末に、やっとよい言葉が思いついた、「実はなあ、夜っぴいての雨漏りで大事な本を濡らしてしまったのよ」という漢詩の意味です。普通なら真実に触れたありがたさについ涙したところよ、と言いたいところを、雨漏りとは何と謙虚な心配りではありませんか。良寛さまは自らの戒めの言葉の中で「すべて言葉は惜しみ惜しみ言うべし」と述べられていますが、一言一言その場に合った言葉を選びなさいということです。これは人事ではありません。私自身のこともあります。 ありがとうございました。
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