怨みや憎しみを抱くということについて、三種の人があると釈尊は説かれています。
第一は怨みや憎しみを岩に刻んだ文字のようにいつまでも抱きつづける人。次は砂に書いた文字のように、怨みや憎しみを持ち腹を立てはするが、波によってすぐ砂の文字が消えるようにいつまでも持ち続けない人。そして第三に水に書いた文字のように、水の上に文字を書いても、流れて跡をとどめないように怨みや憎しみの跡をとどめない人。
怨み・憎しみ・怒りを持つことは誰にでもあると思います。しかし、釈尊のおしえのように「水に書く人」であること、そのような人になろうと努力すること、これが私たち仏弟子の生き方であると思います。
反対に、受けた御恩を考えますと、丁度逆になるのではないでしょうか。頂いた御恩は岩に刻んで忘れないことが大切であるのではないでしょうか。御恩を水に書いた文字のように跡形なく忘れてしまうことは、仏弟子として最も恥ずべきことであると思います。
怨み憎しみは水に書いて跡をとどめず、受けた御恩は岩に刻みつけて忘れることがない、そのような生き方をしたいものと思います。
このように釈尊のおしえは大変わかりやすいお言葉なのですが、自分自身のこととして受けとめてみると、これは大変むつかしいことであるのではないでしょうか。
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