私たちの生活で欠かせないものに、食べることがあります。最近、新聞やテレビを観ていますと、食の安心、安全が疑われるニュースをよく目にします。「人に良い」と書いて、「食」という字になるように、食は人に良いもののはずが、現在では其処に「?」がつくのは私だけではないと思います。その中にも、食育という言葉がさけばれ、食について改めて考えなおす取り組みがみられるようになってきました。
曹洞宗では、食べ物を作ること、頂くことも修行とされており、食事の作法も厳しく細かく決められ、頂く時の心構えを説いた偈文があります。その一つの「五観の偈」を紹介したいとおもいます。
一つには、功の多少を計り、彼の来処を量る
二つには、己が徳行の全欠をはかって供に応ず
三つには、心を防ぎ過を離るることは貧等を宗とす
四つには、正に良薬を事とするは形枯を療ぜんがためなり
五つには、成道のためのゆえに今この食を受く
これを簡単に訳しますと、
「この食物がどれだけの苦労や手間を労して、ここにあるのかをよく考え感謝すること、自分がこの食を得る資格があるのか自分の行いを省みて、貪ることなく好き嫌いを言わず頂くこと。食事を頂く事は、身と心を健康に保つ薬と思うこと。そして悟りを開く事、言い換えれば人間として正しい道を歩む事を誓います。」となります。
食に関わる底の部分である、自然との共存、自分が生かされている事への謙虚さや感謝、食物があって当たり前という慢心への戒め。そう五観の偈にある、「人間としての心の有り様」があって初めて「食育」、また「人に良い食」となるのではないでしょうか。
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