浜松市の山間部に、渋川という所があります。ここは「渋川ツツジ」と呼ばれるツツジが有名な場所で、毎年五月になり花が咲くと、多くの人々がそのツツジを見に訪れます。
この「渋川ツツジ」ですが、不思議なことにほかの土地に移して植えても、うまく育ちません。そのため、同じような種類のツツジは、全国でもごく限られた所にしか自生せず、その群生というのは、非常に珍しいものだそうです。
さて、渋川に行ってツツジが生えている場所を観察してみると、妙なことに気がつきます。ツツジの生えているまわりの山々には、スギやヒノキが植えられているのですが、ツツジが生えている一帯には、なぜか植えられていません。地元の方に話を聞いてみると、ツツジが生えている土地では、スギやヒノキが育たないからだそうです。実際によく見てみると、ツツジの生えているあたりだけが、帯状に植物の背が低くなっています。
なぜそのようなことが起こるのかというと、ツツジの生えている一帯は、蛇紋岩によってできた土地で、蛇紋岩に含まれている多量のマグネシウムによって水分の吸収が難しくなり、根が浅く張る、あるいは乾燥した土地でも大丈夫な植物しかその地帯で生き残れないから、だそうです。結果としてアカマツの低木やツツジなどのごく限られたものだけが、その土地で生き残ることになるのです。
さて、人間の経済的な価値感から考えると、植林のできないこの蛇紋岩地帯というのは、豊かな土地とは言い難い、あまり役には立たない土地です。しかし「渋川ツツジ」は、植物が育つ環境としては決して恵まれてはいないこの土地で、自分の生命力を出し切り、今を精一杯生きて、美しい花を咲かせています。
「渋川ツツジ」に引きつけられ、毎年数多くの人が見に来るのは、ただ単に「花が美しいから」というだけではなく、実はツツジの生きるその姿勢に、言葉にできないような、何か感動するものを、無意識のうちに感じ取っているのかもしれません。
今年も、また五月が来ると「渋川ツツジ」は多くの花を一斉に咲かせ、そしてきっと多くの人々が、その花を見るために、渋川の地を訪れることでしょう。
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