毎年この時期になると、私は色々なお寺に行き、お盆の棚経の手伝いをします。その時に私が仏壇の前でお経を読んでいる後ろで一緒に座ってお経を読むお檀家様は稀で、案内をするだけして他事しているお檀家様の方が多いです。現代は忙しくてゆっくり仏壇に向かう時間が少ないのが現状でしょうが、やはり、「お経を聞きなさい」と言いたくもなります。
しかし、私も慣れてくると、誰も聞いてない事を良い事にお経を早く読んだりして、手を抜いていた事もありました。
ある日、ある人が、こんな事を言っていました。「夜、空を見上げると月がありました。そしたら、薄雲が月の前に来ました。これを見ると皆は月が隠れたと言いますが、そうではない。雲が月を覆っただけだよ。実際に風が吹けば、雲が月の前から去っていく、人の心もこれと同じだよ。」と。これを聞いた時、私は自分が棚経でしていた事が恥ずかしくなりました。
我々僧侶は聞く人がいるかいないか、お布施が多いか少ないかで色をつけてはいけないのです。
道元禅師様の書かれた『衆寮箴規』に「一日暫く賓主と為るも、終身是れ仏祖たらんことを。」お示しになっています。これは「新しく修行に来た僧侶は、初めはお客さんのようによそよそしいが、修行を続けているうちに仏にもなるから、お互い真剣に修行せよ。」と戒めているのです。
ですから、皆さんも今一度、普段、自分の行いがしっかりしているか、人に対していい加減な態度をとってないか見直してみては如何でしょうか。
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