親しい友人F君から法事を頼まれました。「宗派が違うがよいのか?」と訊くと、菩提寺がないのでどの宗派でもよい、むしろ親しい者に頼みたいというので快く引き受けました。
学生時代私は、実家からの仕送りを計画的にやりくりすることを怠けていました。お金がなくなればアルバイトを増やせば事足りる程度に考えていました。しかし、そんな生活がうまくいくはずはありません。家賃や食事代に困ってしまうことが度々ありました。そんなときF君がよく助けてくれました。F君の実家にお邪魔すると彼のお母さんがおいしい目玉焼きののったカレーや、時にはF君が中華丼を作ってくれたりしました。今思い返すとほんとうに有り難いことだったと懐かしく感じます。
法事の当日、F君の実家を訪ねると、いつもはお母さんとF君だけだった静かなマンションの部屋に、幾人かの親戚たちの顔がありました。
設けられた祭壇に、F君のお父さんの写真が飾られていました。彼が三歳の時に、三十四歳で亡くなられたお父さんです。その時の私やF君とほぼ同い年です。から背負ってきた家族の悲しみや苦労話を、お母さんからよく聞かされていたので、旅先と思われるスナップ写真の遺影が、予期せぬ出来事を物語り、悲しみを増しました。
お経を終えて振り向くと、みな、しんみりとしていました。
法事の後席がはじまって、少しずつにぎやかさは戻りましたが、私を含め法事を期に、そこに集まった人たちが、草木が秋に枯れ逝くように、みな、時期を知らず逝く身であるという、「世の無常」に身をつまされて、「ではどう生きるか」を考えているようでした。
わたしの頭にしだいに浮かんできたことは、日々の至らぬ自分の態度や行動への反省と、正しい想いを明日を待たずに行動に移さなければという決意でした。
F君や彼のお母さんが私にしてくれたように・・・。
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