お釈迦様は菩提樹の下で坐禅をし、悟りを開かれました。その後も様々な樹の下で七日ずつ坐禅をされたと伝えられています。禅宗では特にこの坐禅を重んじ修行の要としています。その禅宗にも二つの禅の捕らえ方があります。一つは歴代の祖師方のことばや問答を工夫・参究し真理の悟りをめざす看話禅。もう一つはただ黙黙と壁に面して坐禅をし生まれついたまま生かされている自己と親しみ真理の悟りを期待しない黙照禅です。
道元禅師はあまねくすすめる坐禅のしかた「普勧坐禅儀」を撰述されています。この普勧坐禅儀はそれまで日本にあった悟りの手段としての坐禅とは異なります。道元禅師が示された坐禅は私たちひとりひとりに初めから備わっている仏さまの心をそのまま感じ、よい悪い、好き嫌い、他人からの評価を気にする、など言葉や幻想による妄想をいったん休止し本来の命のありよう、すなわち心臓の鼓動、血液の流れ、自然に行われている呼吸など自分の想い以外で活動している生命の真実をそのまま受け容れ姿勢を正して坐るというものです。自分の心を落ち着かせるために坐禅をするのではなく、悟りを得るために坐禅をするのでもなく只坐る。このことを只管打坐といいます。なにも求めず只坐る。その行いが安楽の法門であると道元禅師は傳えています。
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