曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)
たのしみ法話
たのしみ法話

限りある時の中で [No,1636 H23年12月5日〜12月11日]

静岡県島田市 養勝寺徒弟 小松英哲 師

先日、ある方丈様がお葬式の際にこんなお話をされました。
「私達はオギャーと生まれたら、皆平等に年をとっていく。その途中で病気になることもある。そうしていずれ亡くなっていく。他人事ではなく誰もが同じです。いつ病気になるか、いつ亡くなるかはわからない。だから何が起きてもうろたえないように、一日一日今この時にやるべきことを一生懸命におつとめする。それがその人の生き様になるんです」
 時間は貴重なものであり無駄に費やしてはならないということは、誰もが思い感じていることだと思います。しかし、わかっていてもなかなか難しい。時間を惜しんで大切にしなければならないと思っていても、気がつくと何となく時間を過ごしてしまっていることが多いものです。
お釈迦様がお亡くなりになる時に遺された最後の教えである『遺教経』の中に「少水の常に流れて、則ち能く石を穿つが如し」という一節があります。これは「雨垂れの様にわずかな水でも、石の上に長い時間をかけて落ち続ければ穴をあけるように、少しずつでも努力し続ければ事を成し遂げることができる」という例えです。だとするならば、私達はいただいた限りある時の中で、少しずつでもいいからそれぞれに努力を積み重ねていきたいものですね。
さあ、今年も早いもので残すところあとわずかとなりました。この機会に、今一度日々の生活を見つめ返してみてはいかがでしょうか。

| top | 前のお言葉 | 631 | 632 | 633 | 634 | 635 | 636 | 637 | 638 | 639 | 640 | 641 | 642 | 643 | 644 | 645 | 次のお言葉 |