曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

禅語「明珠(めいじゅ)ハ掌(たなごころ)ニ在(あ)り」 [1657 H24年4月30日〜5月6日]

 愛知県名古屋市中区 傳昌寺住職 大洲久典 老師

今回は、禅語についてお話をしましょう。
禅語とは、禅の言葉であります。「碧厳録第九十七則」に「明珠は掌に在り」と書いております。この明珠とは明るい小さな玉を意味するものでありますが、それが手のひらに在るということであります。明珠とは光り輝いているもの、仏教的に申しますと、慈悲とか仏性、なおかつ般若の智慧などにたとえたものであります。それが誰でも持っているものであると、たとえたものであります。
しかし、曹洞宗の御開山であります。道元禅師は、「人々の分上ゆたかにそなはれり、といえども、いまだ修せざるにはあらず。証せざるは得ることなし」と戒めております。これは、先ほど申しましたように、誰でも仏性や、仏の心や智慧を持っていると言いましたが、そうであるならば、今さら修行することもないし、悟りをひらくとか、成仏を期待するとか、そんな必要はないではないかと思いますが、しかし、この尊い自分だけの光、明珠を持っていても妄想執着のチリにうずもってしまい、その所在すら忘れてしまっては、それこそ宝の持ちぐされにすぎません。なかなか自分の長所を自分で見出すことは難しいかもしれませんが、早くそれを見つけ活用していただきたいものであります。
正しい仏の教えを聞き智慧で早く明珠を見いだしていただき、それを磨き、掌中に握りしめて、さん然たる先を放していけるよう。不断の精進努力を惜しんではなりません。(勇気と自身を得る)禅語の一つでもあります。
「明珠は掌に在り」

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