思いがけない出会いや、予想外の出来事があったとき「これも何かのご縁」と、思われたことはないでしょうか。
「縁」という言葉は、もともと仏教の「縁起」という教えに由来しています。それは、すべてのものごとは、様ざまな原因や条件によって起こる、ということです。縁起の教えは、お釈迦さまの教えの中心にあります。そのものの見方を出発点として、心安らかに生きる道を求める教えが、仏教とも言えます。
考えてみますと、様ざまなことが関係しあっているのですから、自分の意志だけではどうにもならないことが、起きてくるわけです。この世は縁起ゆえに、自分の思い通りにはならない世界とも言えます。
さて、「ご縁」という言葉の響きには、感謝の気持ちが感じられないでしょうか。自分の思い通りにならない縁起の世界で、良き出会いや出来事があるからこそ、そこに感謝の気持ちがわくのでしょう。
では、みなさんには、自分にとって不都合な「悪しき」出会いや出来事が、後になって、「ご縁だった」と思えた経験はありませんか?
おそらくそんなときは、悪しき出会いや出来事を乗りこえ、経験を糧として生きることができた、と自分では意識せずとも、感謝の気持ちを持って受け止めることができているのではないでしょうか。
どうやら、「ご縁」という言葉には、自分の思い通りにならないこの世界で、良きにつけ悪しきにつけ、どんな事をも、前を向いて生きていく力に変えていく働きがありそうです。
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