曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

「光陰は矢よりも速やかなり」 [1712 H25年5月26日〜6月2日]

静岡県 円応寺 住職 浜崎道昭 老師

 早いもので平成25年も半ばが過ぎました。6月10日は時の記念日です。今日は時について、少しお話してみましょう。
時間というのはいつでも誰にでも一定の速度で進んでいくのですが、楽しい時は速く過ぎていくように感じますし、いやな時間はゆっくりと流れているように感じることがあります。また、年齢を重ねるにつれて「若いころに比べて一年の月日が早くなった」「学生のころは時の経つのがゆっくりだったが、最近は、一年たつのがあっという間のように感じる」という話をよく耳にします。客観的には、昔も今も時計は同じリズムで時を刻んでいるのですが、年々生活に変化が乏しくなっているせいか、私たちの感じる時の速さは年をとるごとに増していくようです。ある方が私に、人は一年間を自分の年齢の時速で走って過ごしているのだと言いました。つまり、5歳の子供の時にはゆっくり歩くくらいの速さで時の経過を感じ、40歳の人は町を走る自動車の速度で毎日を過ごし、80歳の方は高速道路を走行しているくらいの猛スピードでその1年を走って行くように感じるのだというのです。スピードが速くなれば、当然目にする景色の印象も変わります。道端の美しい花を見て感動することや、ちょっとした季節の変化に目をとめることも減り、次第に視野は狭くなり、ゆったりした心はせわしなくなり、疲れだけが増していくというわけです。
 よく「人は死を迎える瞬間に、その人の一生の出来事が走馬灯のように脳裏をよぎる」という話を聞きます。良い思い出もいやなことも、心地よいことも忘れたかったことも全てを思い出すのだというのです。
私たち曹洞宗の教えである「修証義」にも、「光陰は矢よりも速やかなり」「身命は露よりももろし」とありますように、私たちの一生はとても速く、はかなく過ぎ去ってしまうものなのでしょう。
だからこそ、年齢とともに次第に速くなっていく自らの時間を大切にし、親しい人たちとの思い出を多く作り、ひと時ひと時を充実させていきたいものだと思います。

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