曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

懺悔滅罪 [1700 H25年3月4日〜3月10日]

愛知県名古屋市南区 真光寺住職 下山博之 老師

「我昔所造諸悪業(がしゃくしょぞうしょあくごう)皆由無始貪瞋痴(かいゆうむしとんじんち) 従身語意之所生(じゅうしんごいししょしょう)一切我今皆懺悔(いっさいがこんかいさんげ)、かくの如く懺悔すれば必ず仏祖の冥助あるなり」
 このお経は、修証義第二章「懺悔滅罪」の一文です。すべての人はこの偈文をお唱えし、心より反省すれば仏様に救われるという教えです。
 年が明け、新聞・テレビでは、大阪にある高校バスケット部の体罰の問題で盛り上がっています。上の者が、無抵抗の下の者に暴力をもって指導するのは本来間違っています。しかしながら、逆の場合もあります。本当に悪いことをしているのに、叱られても反省もせず、怒られた事を逆恨みして、親が大騒ぎをして教員がつるし上げられる場合もあります。今一度、指導をする教員、される生徒、サポートする親のあり方を考えるべきではありませんか?
 長野県無量寺住職・青山俊董老師から、拝聴した話があります。
ある真冬の秋田県のお寺でおこった話です。そのお寺では毎晩のように夜になると本堂の賽銭が盗まれていました。そこで住職は張り込みをして犯人を捜しました。ある雪の降るとても寒い日、夜が更けた頃犯人があらわれました。その犯人を見た時、住職は驚きました。何と犯人は自分の息子だったのです。住職は強い怒りを覚え、息子を捕まえました。そして、雪の降りしきる境内の池に連れて行ったのです。住職はバケツに凍るような水を汲み上げ、何と自分にかけたのです。寒い真冬の秋田県です。さぞかし冷たかったことでしょう。しかし、住職は何度も何度も池の水を自分にかけたのです。それを見ていた息子は「ごめんなさい、ごめんなさい、もうしませんから止めてください」と、眼から涙を流しながらあやまったそうです。
 私が思うに、この住職が池の水を自分ではなく、息子さんにかけていたのならば、この息子さんは心から反省したでしょうか?親である住職が自ら、息子に代わって罰を受けたからこそ、息子さんは心より反省したのだと思います。
 昨今、何か問題が起こればすべて人のせいにして、自分を正当化しようとする人が多い中、自分自身の身を切ってでも、問題を反省させるこの住職の姿勢こそが今の日本の教育現場・家庭環境に必要なことではないでしょうか。
 大阪の高校の問題は氷山の一角にすぎません。指導をする側と、受ける側の心が通った時初めて教え育てるという教育が成り立つのではないでしょうか。

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