先日ご法事のあと、参列者の方から
「今日はいいお話をありがとうございました。」
とお声掛けをいただきました。
思いがけず嬉しいお言葉をいただいて舞い上がってしまったのか
「まだまだ勉強不足でお恥ずかしいですが、大変恐縮です。」
と当たり障りの無い言葉で返すのが精一杯で、感謝の気持ちを上手く伝えられずその方をお見送りしました。
本当は「私がいいお話をしたのではありません。あなたの清らかな気持ちが私の話をいいお話にして下さったのです。」
そうお伝えしたかったのに…
その時頭をよぎったのは「自浄其意」という言葉です。
「自ら其の心を浄めよ」
あの参列者の方は、この清らかな心を持って私の話に耳を傾けて下ったのだと思います。
自らの心は自らで浄め、清らかにする。まさに言うは易く行うは難しいことであります。
では、清らかな心とはどんな心なのでしょう?
「清らかな心とはこんな心です。」と心の定義付けはできませんが、清らかな心に近づく一歩があります。
それは「自分の思い込みを持たない心」です。自己の拘り、偏った物事の見方捨て去り、相手を受け入れることです。自分中心の考え方を慎み、相手を「受け入れる気持ちを持つと、自ずと相手の「良いところ」も見えてきます。
私たちの心はその時々によって移ろいやすく不安定なものですが、「自分の思い込みを持たない心を育てていく努力が清らかな心に繋がっていきます。
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