一昨年、知人のお母様が101歳の天寿を全うされ、お亡くなりになりました。大正、昭和、平成と3つの激動の時代を生きぬき、家を守り子供や孫たちを丈夫に育て上げた立派な生涯でした。
生前、私はそのお母様に、「今まで生きてこられて、一番嬉しかったことは何ですか?」と尋ねました。この方の長い人生には、いろいろな出来事があったに違いない。どんな思い出話が聞けるだろう、と期待したのです。するとお母様は重ねたやさしい皺をさらに深くして、にこやかにそして穏やかにこう答えました。
「嬉しかったことも悲しかったこともすべて済んだこと。今はただこの暮らしに感謝しています。」
百年の歳月を振り返れば、もちろん嬉しかったこと、悲しかったこと、いろいろあったでしょう。大変な時代を過ごして来たのですから、おそらく、嬉しいことよりも、辛く悲しいことのほうが多かったに違いありません。そのお母様は、それらをすべて飲み込んで、「済んだこと」と表現したのです。そしてさらに「今に感謝している」と。
お母様のこの言葉の中には謙虚さと寛容さがありました。無常の世の中にさらされながら、その時々を懸命に生き、それを積み重ねてきた人間だからこそがもつ、言葉の重みがありました。
私はなるほどなぁと感心しました。これこそがみ仏の寛容さであると感じたのです。
人にはいつか必ず終わりの日がやってきます。その最後の日に自らの人生を振り返って、いろいろあったけど、とすべてを受け入れて、誇ることなく嘆くことなく、本当の安らぎをもって、静かにその時を迎えられたら、これほど幸せなことはないでしょう。私たちにもそんな生き方ができたらと思うのです。
私はお母様から戴いた、やさしくも深みのあるその言葉が、今も忘れられません。
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