曹洞宗 東海管区 教化センター(禅センター)

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たのしみ法話
たのしみ法話

輪廻からの解脱について考えてみよう []

愛知 恵林寺 関口興顕 師 

輪廻、生き死にを繰り返し何かに生まれ変わるという意味でお話します。
今より良い人生があれば生きてみたいと思い、次の世がそうあって欲しいと願う人も多いでしょう。ですが獣や虫にも生まれ変わるというのが輪廻ですから、それを避けるために今の行いが何かしらの保証になればとも期待するでしょう。一方で輪廻なんか無いのだから好きに生きれば良いと考える人もいます。実際のところ確認した人がいないので、輪廻の有無はわかりません。
仏教では、輪廻の囚われから抜ける解脱が大切とされてきました。では輪廻からの解脱とは何か。仏教辞典には色々と解説されていますが、仏教とは自分自身の問題を取り扱うものですから、その意味を自分の頭で考えてみましょう。
お釈迦様の輪廻のお話があります。前世で修行僧だった時、来世で悟りを得ようと修行し、その保証を仏様からいただこうと宝物をお供えしました。仏様は悟れないと答えました。来世も次の来世も何度も同じやりとりがありました。ある前世で修行僧が仏様の前に水たまりがあるのを見ました。とっさに来世のことを忘れて宝物も捨てて、仏様の体が汚れないよう水たまりに身を投げ出しました。仏様は来世での悟りを約束しました。
ここで重要なのは輪廻の有無ではありません。輪廻に囚われた頭を捨てて、世間的な評価で価値を与えられた宝も忘れ、身を投げ出した姿です。
今の命と次の命とを比較する生き方であれば、未来永劫これで良いのだという人生には辿りつけません。今さえ良ければいいと他人以上の暮らしを得るため欲のまま生きても、最期には虚しさが待つだけです。
 お釈迦様の姿は、この命をたった一つのかけがえのないものと心に決め、他人との比較を超えた絶対の自己の命を生きる姿です。
この姿で生きることができれば、輪廻が無ければそれで結構ですし、あっても来世で人なら人、獣なら獣、虫なら虫としてかけがえなのない命を生き、常に同じ尊さの生を全うできます。この時、輪廻という考えに左右される生き方を抜けることができます。
私は、輪廻からの解脱とはこのようなものと考えています。

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