友人たちと初めて食事に訪れたお店。聞いていた通り、食材へのこだわり、味ともに素晴らしく、お料理をおいしくいただくことができ自然に会話も弾みました。もう一つ我々の気分を盛り上げてくれたものがあります。それは行き届いたお掃除です。玄関、客席、カウンター越しに見える厨房はもちろんのこと、トイレに至るまで、店内の隅々まできれいにされていました。同席していた友人たちとは以前より「家や会社、それぞれの場所にある玄関とトイレは、そこがどんな場所なのか?どんな人が居るのか?どのような気持ちで人を迎えているのか?を知るバロメーターのようなものだ」という話をしていました。
近年、我々が暮らしている地域でも外国人観光客を目にする機会が増えてきました。お店や公共の場でのマナー、トイレの使い方が汚いことなどが度々指摘されています。これは文化や形態、意識の違いが大きな要因でしょう。現代の日本では文化の発展に伴いトイレの様式も変わってきました。しかし変わらないのはトイレと言うと、どうしても「汚い」というイメージを持ってしまいがちなことではないでしょうか。
曹洞宗をお開きになった道元禅師は「正法眼蔵」のなかで日常生活の作法についても細かく示しておられます。その場所をどう位置づけることができるかで使い方が変わり、自ずと礼儀が身につきます。礼儀を以てどう使い保っていくかがその場所や人の雰囲気となって現れてくるのです。そして、自分だけでなくその空間にいる誰もが他の物事に囚われず一つの時間に一つの事に集中でき、身と心を整えることへとつながっていくのです。
玄関とトイレは、その家や会社の「顔」。いつもきれいにしておきたいものです。
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