大本山總持寺を開かれた瑩山禅師様が、二祖峨山禅師様に後の總持寺をゆだねていくきっかけとなった『両箇の月』という有名なお話があります。
ある夜のこと、美しい月を見上げながら瑩山様は尋ねました。
「峨山よ、月が二つあることを知っているか。」
「わかりません。」と、峨山様は答えました。
「それでは修行が足りないな。」
峨山様は、瑩山様の言葉の意味がわかるまで一心に修行に打ち込みました。
ある日、月の下で坐禅を組んでいた峨山様にそっと瑩山様は近づき指を鳴らします。
ハッと驚く峨山様は、
「今わかりました。迷いから覚めました。」
「言ってみなさい。」
「全世界を照らす月が仏であるならば、もう一つの月はその慈悲の心で人々も月のように澄んだ心を持つ事が出来る。この月の光を受けた私達もまた、慈悲の心をつなぐ月なのです。」と、峨山様は答えられました。
すなわち真理は一つだけではない。一つの真実だけにとらわれてはいけないという事です。我々人間は物事を決めつけたり、一つの真実にとらわれてしまうが為に、迷いの心が生じ、苦しむのです。それでは本当の自分と向き合う事が出来なくなってしまいます。今一度、夜空を照らす月のように、また天空の月が仏ならば、その光を受けた私たちもまた仏。そして迷いの雲を晴らし満月のような大きな心で素直な自分と向き合い、受け入れ、心を無にした上で大事なものに気づく『悟り』自己を見つめ直す事が大切なのではないでしょうか。
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